田谷です。
以前の記事からかなり時間が空いてしまいましたが、首ふり錯視の解説第2回目です(全3回を予定)。
首振り錯視には,実は2つの錯視効果が含まれています。ひとつは「奥行きの逆転」、もうひとつは「見かけの動き(首振りです)」。
奥行きの逆転とは、実際には凹んでいるペーパークラフトの顔の部分が、こちら向きに出っ張って(凸に)に見えるということを指します。見かけの運動とは、ペーパークラフトが観察者を追いかけるように動いて見えるとことを指します。
この二つの錯覚は互いに独立ではありません。より正確には、前者(奥行きの逆転)が後者(見かけの運動)を生み出しています。
今回はまず、何故実際には凹んでいる部分が出っ張って見えてしまうのかという点についてお話します。
実際にペーパークラフトを作ってみるとわかるのですが(たとえばドラゴン錯視のペーパークラフトはここからダウンロードして作ることができますので,是非作ってみてください),作った模型をいつも通りに両目で見る限り,奥行きの反転は生じません。顔の部分は実際の形どおり,凹んで見えると思います。
奥行きを反転させるには,「片目を閉じる」あるいは「カメラを通して見る」ことが必須です。これは,我々が両目でものをみるときに,非常に正確に奥行きの前後関係を判断する能力を持っているためです。この能力が働いているために,両目でペーパークラフトを見ると顔の部分が凹んでいることがはっきりとわかってしまいます。
ちょっと専門的な話になりますが,両目でものを見るとき,右目と左目に映る世界の像にはわずかな「ズレ」があり,我々の脳はこの像のズレから奥行きを判断しています。このズレのことを両眼網膜像差(りょうがんもうまくぞうさ)と呼びます。両眼網膜像差はとても強力で,この情報が使える限り(つまり両目を開けてものを見ている限り),世界の奥行きが逆転して見えることはほぼありません。
ところが,片目でものをみるときには両眼網膜像差が使えないため,前後関係の判断能力が著しく低下します。このため,ペーパークラフトの3次元構造は非常にあいまいなものになります。あるいは,ペーパークラフトをカメラ越しに観察したり,録画したペーパークラフトを見る時も同様です。カメラのレンズは一つしかないために両眼網膜像差が使えず,カメラを通してみた世界では,片目で見た時と同様かそれ以上に,前後関係の把握が難しくなります。
このように世界の前後関係(3次元構造)があいまいになったとき,人間(の脳)は別の情報を使って奥行きの前後関係を判断しようとします。すなわち,「遠近法」や「陰影」といった情報です。たとえばみなさんは「遠くにあるものほど小さく見える」こと(遠近法)や,光が当たると凹凸のある部分に影ができる(陰影),といったことを知っていますよね。こうした情報が使用できるために,片目が急にふさがれても世界が突然平板に見えることはなく,世界は3次元的でありつづけるのです(もっと言えば,絵画や写真・テレビ画面などの2次元平面に描かれた世界がちゃんと3次元に見えるのも,こうした情報を利用しているためです)。
「首ふり錯視」における奥行きの反転はこの「片目で3次元世界を把握する能力」をいわば逆手に取った結果生じます。首ふり錯視のペーパークラフトにはそうした能力を自動的に誘発する絵が描かれているのです。それは何かと具体的に言うと,顔の絵です。
我々は顔が通常出っぱっているものだということを「知って」います。ですので,片目を閉じて(またはカメラを通すことによって)世界の前後関係があいまいになったとき,我々はこの「知識」にたよって世界の前後関係を推測します。つまり,顔の部分が実際には凹んでいるにも関わらず「顔だから出っ張っているに決まっている」と(無意識に)判断して,そのように見てしまうのです。錯視ペーパークラフトの顔の部分で見かけの前後関係が実際の前後関係と逆転してしまうのはこのためです。
こうした「片目で3次元世界を把握する能力」を逆手に取った錯覚現象は他にも「エイムズの部屋」や「ホロウマスク錯視」などがあります。興味のある人はリンク先にあるデモを見てみてください。
さて,奥行きが逆転する理由は理解していただけたでしょうか。次回はなぜ奇妙な動きが見えるのか,という点についてお話したいと思います。
田谷